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純の恋人
第3章 刑事 国重一
私はてっきり、轢いた人は出頭しているものだと思い込んでいた。ひき逃げなんて、考えるまでもなく事件だ。
「それを知らせてくれなかったのは……私が記憶を失ってしまったせいですか?」
私の問いに、坂本さんは首を振る。そして隣の刑事さんは、苛立ったように舌打ちした。
「いいえ。ひき逃げにも関わらず、この事故は『事件性なし』として、闇に葬られようとしています」
「じゃあ、捜査すらしてないんですか?」
「残念ながら。あなたを轢いた犯人も、野放しにされたままになっています」
もしそんな状態のまま私が退院すれば、どうなるか。悪い想像しか思い浮かばず、私は頭を抱える。記憶を失っただけでも厄介なのに、どうしたらいいのか。過去も見えない私に、未来なんて見えるはずがなかった。
「事件を隠蔽するように図ったのは、あなたのお父様……吉川治樹氏です。今は選挙活動中ですから、トラブルは避けたいのでしょう。警察は権力に対し、あまりに無力です。純さん……申し訳ありません」
その話が本当なら、坂本さんが謝る理由はない。だって、捜査を止めたのは父なのだから。父がそんな手を使う人間だなんて、私には信じがたい話だった。