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ただ一つの一対
第1章 失恋した男
 
 スーツの女は菊の胸ぐらを掴むと、つり目をますます尖らせる。視線を避けるように菊は空を見上げると肩をすくめた。

「一銭にもならないここへ来ると言い出したのは、どこのどなたですか。愚痴るくらいなら、初めから姪っ子など放って置けばよいでしょう」

「あの子には才能があるんです。放って置けば、お兄様はそれを伸ばさず腐らせてしまいます。せっかくの宝を、磨かずしてどうするんですか」

「……あんな裏切り者の娘、放って置けばいい!!」

 女は憎しみを隠さず爆発し、そして菊から手を離す。だが菊はその細い手首を握り返すと、女の顔が歪むまで捻りあげた。

「――片倉」

 片倉と呼ばれた女は、肩を震わせ青ざめる。年下の男、とはいえ菊は背負う闇が違う。年齢など関係なく、怯んでしまうのは必然だった。

「次は、ありませんよ」

「……申し訳ございません、若」

 片倉が頭を下げれば、菊はすぐに手を離す。だが片倉の足は震え、動けそうになかった。

「全く、僕の秘書とあろう者が情けない。それで車を動かすのは無理ですね、僕が久々に運転しましょう」

「し、しかし……」
 
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