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ただ一つの一対
第7章 彼女の優しさ

「姫が坊ちゃんのために身を引いて、坊ちゃんも姫のために後を追わないのは分かります。けれど離れる事は……本当に互いにとって一番なんでしょうかね。少なくとも今の坊ちゃんが、先週より幸せになっているようには見えませんが」
「僕の幸せなど、この際どうでもいいんです。僕の事をそれほどまでに想う優しい娘が、世界一幸せになれなければおかしいでしょう。しかし僕は、あの子を幸せに出来る立場の人間ではありません。それなら……あの子がそうしたように、身を引くのが真の愛情でしょう」
「姫の幸せとは、一体なんなんでしょうね? 坊ちゃんは、あの子に何が幸せか、きちんと聞いたんですか?」
「婚姻関係にもなれないヤクザの叔父に引きずり込まれる事は、どう考えても幸せではないでしょう。それで満足出来るのは、僕だけです」
菊の言葉に、概ね間違いはない。左月とて、何も知らないまま同じ話を聞けば、それを幸せとは呼ばないだろう。だが左月は、喉元まで反論が出掛かっていた。
「坊ちゃんが気付かなければ、何の意味もないですね……」
言いたい事は山ほどあるが、左月はどうにかそれを飲み込む。なんでも口にすればいい訳ではないと、左月は長い間教育係として過ごした中で学んでいた。

