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ただ一つの一対
第8章 聖夜の狂乱
老医師に念を押されなくとも、菊は菖蒲の不貞など疑っていない。が、自分が今まで半ばやけくそに種を散らしても全く反応はなかったのに、許されない関係である菖蒲のみが受け取った事実がにわかには信じられなかった。
「どうして、彼女が……」
「そりゃ、やる事やったからでしょう。確かに若様は人より精が薄いですが、ない訳じゃないんです。相手が卵子を持っていれば、自然妊娠する可能性はありますよ」
「そうじゃなくて、なんでよりにもよって、彼女なんですか。だって、そんな奇跡みたいな話、有り得ない」
「若様、奇跡とは言いますけどね、若様に限らず皆奇跡なんですよ。心から愛する人間に出会い、その子を宿す、それがどれだけ難しい事か。運命を感じない人間なんかいません。だからこそ、子は宝なんですぞ」
すると老医師は菊の腕を取り、点滴の針を抜く。
「今すぐ飛び出していきたいって顔ですな。無理やり引っこ抜いて歩き回られても困りますから、少しの間自由にしましょう。傷口が開くような真似はよしなさいよ」
老医師が菖蒲の眠る部屋の番号を教えれば、菊はすぐに立ち上がる。折れたあばらの痛みを感じる余裕も、今の菊にはなかった。