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ただ一つの一対
第8章 聖夜の狂乱
皆不安げな表情をしていたが、菊の命令に逆らえる者はいない。部下は一人、一人と霊安室を去り、最後は左月も腰を上げた。
「左月、少しいいですか。あなたに頼みがあります」
「はい、なんでしょう坊ちゃん」
左月が足を止めると、菊は深い溜め息を吐く。それから、左月に背を向け口を開いた。
「片倉を屋上に置いてきました。あれはあなたの娘です、今から一ヶ月暇を与えますから、好きなように弔ってください。その後、一文字組へ戻りたくないと思うなら……そのまま、足抜けしてもらって構いません」
「……坊ちゃん、それは」
「ここは一文字のものですから問題はないと思いますが、先に誰かが発見しては面倒もあるでしょう。早く引き取ってあげてください」
左月は沈黙するが、目を合わせられない菊は彼がどんな表情をしているかも分からない。しばらく経った後聞こえてきた左月の声は、今までと同じ、冷静沈着な声だった。
「半月で戻ります。そんな体の坊ちゃんを、長い事放ってはおけませんから」
「……そうですか」
扉の閉まる音が響き、残されたのは菊と宗一郎だけになる。菊は壁に寄りかかると、兄を見下ろし口を開いた。