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ただ一つの一対
第1章 失恋した男

「では片倉、頼みましたよ。今日の昼食が食べ物になるかどうかは、あなたの腕次第ですからね」
「ちょっと、叔父さん! そこまで言わなくてもいいじゃない!」
膨れっ面の菖蒲の耳に入るのは、菊の浮かれた笑い声。不名誉ではあるが、不愉快ではない。菖蒲が中学生の頃から続くこの交流は、決して後ろめたいものではなかった。
朝食を終えて一息つくと、菊と菖蒲は剣道の稽古のため、外へ出て行く。菖蒲との約束もあり残された片倉は、部屋が静かになると携帯を取り出した。
「……吉澤です。ええ、若はただいま出られました。どうせ今日は一日動かないでしょうから、事を起こすなら今のうちに」
菖蒲が来るまで菊と交わっていたソファに座り、電話の相手へ吉澤と名乗った片倉は眼鏡を掛け直す。透明なフィルターを通した瞳は、色事など忘れたかのように冷めている。
「御武運を、則宗様」
通話を終えると、片倉は携帯を投げ出しソファに身を沈める。しばらくは口角を上げ、機嫌良く沈黙を楽しんでいた。だが、数分もしないうちに唇を噛み始め、自らを抱きしめた。
柔らかなソファに触れた箇所から、沸き上がる熱情。表面を取り繕っても、体の奥は正直だった。

