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ただ一つの一対
第2章 少女は夢を見る
 
 菖蒲は、菊が冗談以外で怒った姿を見た事などない。しかし、確認せずにはいられなかった。

「怒るだなんてとんでもない。菖蒲が僕のために心を込めて作ってくれたモノは、たとえ消し炭であろうと美しいですよ」

「……消し炭は、言い過ぎだよ」

 さりげなく酷い評価を下しながらも、愛情のある言葉。それは親ほど近くにないため責任を取らずとも、他人ほど遠くでもないため掛けられる言葉だ。だがそれは、まだ未熟な少女を揺らすには充分すぎる言葉だった。

「でも、頑張る。大丈夫、今はお料理のサイトとかもあるし、調べて作れば失敗なんかしないし!」

 菖蒲は頬を叩いて気合いを入れると、まるで戦地に赴くかのような気迫でキッチンに向かう。笑い声をこぼしながら見送った菊は、静かな寝息を立てる片倉に視線を投げた。

「あなたが目覚める事が出来るのは、菖蒲の思いやりがあってこそですよ。感謝しなさい、片倉」

 呟きは、片倉の耳を通り抜けて消える。夢に沈む片倉にとって、今は現実が幻。言葉などなんの意味もないと、菊も承知していた。

 キッチンの方から、さっそく聞こえてくる慌ただしい音。菊はそれを聞きながら、携帯のチェックを始めた。
 
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