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ただ一つの一対
第2章 少女は夢を見る
 
 見上げる菖蒲の目線に、菊はぎくりとする。怒りの混じる瞳は、菊の知る子どもの色ではない。見知らぬ女が立っているようで、居心地の悪さを覚えた。

「あ、あまり無理な話は聞けませんよ……」

 思わず語尾が小さくなってしまう菊を、菖蒲は真っ直ぐに見据える。

「あたしにも、キスして」

「……はい?」

「だから、あたしにもキスして」

 菊が掴んだはずの手は、いつの間にか菖蒲に掴まれている。じり、と一歩引けば、菖蒲が二歩迫る。ポニーテールが、誘惑するように揺れた。

「こんな往来で、はしたない事を言ってはいけませんよ」

「じゃあ、家に戻ったらいいの? 戻ったら、言いくるめて誤魔化すんじゃないの?」

「……あまり僕を困らせないでください。僕にはあなたを預かっている責任があるんです、お兄様に顔向け出来なくなるような真似は出来ません」

「じゃあ、戻らない。このまま走って家まで帰るから!」

 菖蒲は週末を利用してこの街に来ているが、普段暮らしているのは隣の県である。走って帰るなど到底不可能な距離ではあるが、菖蒲なら本気でやりかねない。困り果てた菊は、菖蒲の前髪を掻き上げると額に軽く口付けた。
 
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