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ただ一つの一対
第3章 ただ一つの欠陥
「お兄様と父の確執は知っていますし、僕もお兄様に理があると思います。お兄様の安寧を壊すような真似はしませんよ。ただ僕は、兄弟として、お兄様と仲良くしたいんです。僕の気持ち、分かってくださいますよね」
宗一郎は拳を握り震わせ、うなだれる。力なく揺れる宗一郎の瞳からすれば、その景色は人質に取られた哀れな娘の光景でしかなかった。
「分かった……お前がいつ来ても、文句は言わない。だから、お願いだから妻と娘だけは助けてくれ……っ!」
「だから、何度同じ事を言わせるんですか。僕は初めから、父にお兄様の所在を漏らすつもりなんてありませんよ」
紳士の振る舞いを見せる菊は、なんの思惑も感じさせない。だが宗一郎はこの時から現在に至るまで、一度も菊へ笑みを見せる事はなかった。無邪気な少女が成長し、疑問を抱くその時になっても。
(確かに叔父さんは、謎が多いよね)
皆が心配した通り、失敗して塩辛く焦げた料理を、菊は顔色一つ変えずに食べている。作った菖蒲自身が箸を進められないにも関わらず、だ。
菊は穏やかなようでいて、表情から感情を読めない。それは剣道でも同じだった。