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ただ一つの一対
第3章 ただ一つの欠陥
完璧に感情を隠してしまうだけに、隙だと思って踏み込めばそれが罠である事もある。剣道家としてはありがたい性質ではあるが、人間としては寂しくもあった。
今も、菊が内心何を思っているのか菖蒲には分からない。先程のキスも、我が儘な姪を黙らせるためにしたのか、男として応えてくれたのか、今の表情からは全く読めなかった。
姪としか思っていないなら、もう一度、と踏み込めば転落するだけである。だがこうして顔を合わせていると、心の内から溢れるのは恋慕だった。
「……叔父さん、残してくれて大丈夫だよ?」
剣道であれば、確信がなくとも踏み込める。予想外の動きをされても、いなして打ち込む自信がある。だが恋という舞台に関しては、剣道と違い立ち回りの方法を知らない。結局、逃げ腰の言葉しか出て来なかった。
「残してしまってはもったいないでしょう? それに、菖蒲が心を込めて作ってくれたものを、残す訳にはいきません」
そんな一言でさえ、前半と後半、どちらが本音なのか菖蒲には理解出来ない。嬉しくて飛び上がろうとする単純な心を押さえて、菖蒲はうつむいた。