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ただ一つの一対
第4章 花園への道
 
「菖蒲の我が儘なんて、可愛いものですよ。世の中には、面倒事しかありませんから」

 宗一郎は面倒事という言葉に肩を震わせる。そして冷や汗を流しながら、玄関の奥を覗いた。

「すまなかった、菖蒲はすぐ連れ帰るから許してくれ」

「すぐだなんて、わざわざ車を飛ばしてきたんでしょう。少し休んでいってください、夕食も用意しましたから」

 菊が宗一郎の腕を掴めば、宗一郎は固まってしまう。宗一郎より小柄で細身な腕だが、それは絶対逆らえない力を持っている。

「……その頬の怪我は?」

「ちょっと仕事で。ご心配なく、菖蒲とは何ら関係のない席でついたものです」

 宗一郎は恐る恐る、家の中へと入る。宗一郎の心の内を知らず、菖蒲は呑気にテレビを見ていた。

「あ、お父さん。ごめんね、急に呼び出しちゃって」

 宗一郎は菖蒲を凝視するが、特に変化はない。怪我もない、いつも通りの娘であった。

「いや、いい。お母さんも心配してるから、あまり遅くならないうちに帰るぞ」

「うん……そうだね」

 菖蒲は鈍い返事をするが、菊に手伝いを頼まれるとすぐに向かってしまう。すぐに立ち去る術は、どこにもなかった。
 
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