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ただ一つの一対
第4章 花園への道
幼い菊にとって食事とは、誰かと共に囲むものではなかった。祖父がいれば共に食べるが、仕事の都合で家を空ける事も多い。兄も中学に入り部活をするようになってから、すっかり菊と過ごす時間が少なくなってしまった。
「……ごちそうさま」
「坊ちゃん、まだ半分も残しているではないですか。食べなければ、おやっさんのような強い男になれませんよ」
いつもそばにいる、父と同年代の男・左月も、食卓を共にした事はない。左月は「おやっさん」と慕う祖父のため、菊を育てる教育係である。年は親子以上に離れていても、上下関係がしっかりと引かれているのだ。
「じゃあ、かわりに左月がたべてよ。ぼく、もういらないもん」
「我が儘はいけません、坊ちゃん。どうか、ご理解を」
菊を囲む大人は、皆この調子だ。菊を奉り一歩引くか、子どもと蔑み遠目から眺めるだけ。祖父は「それが長というものだ」と菊を諭したが、まだ幼い菊には理解が出来なかった。
「にんじん、きらい」
「人参は坊ちゃんを好きだから、こうして食べられようとしているのです。食ってやらねば男の恥ですよ」