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ただ一つの一対
第4章 花園への道
「ぼくはにんじんに好きになってくれなんてたのんでないもん」
「頼まれずとも好まれる、それが長として生きる者の宿命です」
左月は置いた箸を再び握らせると、背後からじっと菊を観察する。背中に刺さる視線は、余計に食欲を失わせた。
その時、部屋の外から何かが倒れ、割れたような音が響く。左月は表情を険しく変えると、部屋の襖を開いた。
「坊ちゃん、ちょいと様子を見てきます。坊ちゃんはここから出ないように」
左月はそう言い出ていくが、菊にとって今は嫌いな人参から逃げ出すチャンスである。迷いなく走り出すと、部屋から抜け出した。
廊下では組の者が尋常ではない様子で走り回り、菊に気を止める者はない。とはいえ、左月に見つかれば連れ戻されてしまう。しばらく蔵の方へ隠れようと、菊は駆け出した。
月明かりの明るい夜だったせいか、いつもは暗さに怯える菊も足取りが軽くなる。そしてその明るさが、見てはいけないものを見せてしまったのだ。
「お兄様!」
蔵の陰で、辺りの様子を窺っているのは兄、宗一郎。菊がなんの疑問も持たずに駆け寄ると、宗一郎は声を荒げた。