この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
ただ一つの一対
第4章 花園への道
そこまで言われて、左月は菊に仕事する口実を与えてしまった事に気付く。菊は再びパソコンに向き合うが、左月にはもう何も言えなかった。
「では左月、片倉をお願いします」
左月が出て行くのを確認すると、菊は長い溜め息を吐いて頭を抱える。乱された集中は、そう簡単に戻らない。仕事から引き戻された頭は、カレンダーの数字を追っていた。
(大会まではもうすぐ……あの子は、今も練習に励んでいるのでしょうか)
竹刀を振り下ろす時の、迷いない音。ぶれない姿勢は、思い浮かべるだけで心が澄んでいく。だが同時に抱くのは、優勝したら何を言われるのだろうという不安だった。
何しろ菊は、聞かれては困る事などない、とはとても言えない身だ。今向かっているパソコンの画面だって、覗かれてしまえば軽蔑の元となる。菊が生業としているのは、どう取り繕っても犯罪なのだから。すねどころか、全身に傷を持つ身である。
(……負けてしまえば、いっそ好都合でしょうか)
そんな事を考えてから、菊は自分の身勝手さに辟易する。そして醜さを忘れるように、仕事へと逃げるのだった。