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ただ一つの一対
第4章 花園への道
 
 そこまで言われて、左月は菊に仕事する口実を与えてしまった事に気付く。菊は再びパソコンに向き合うが、左月にはもう何も言えなかった。

「では左月、片倉をお願いします」

 左月が出て行くのを確認すると、菊は長い溜め息を吐いて頭を抱える。乱された集中は、そう簡単に戻らない。仕事から引き戻された頭は、カレンダーの数字を追っていた。

(大会まではもうすぐ……あの子は、今も練習に励んでいるのでしょうか)

 竹刀を振り下ろす時の、迷いない音。ぶれない姿勢は、思い浮かべるだけで心が澄んでいく。だが同時に抱くのは、優勝したら何を言われるのだろうという不安だった。

 何しろ菊は、聞かれては困る事などない、とはとても言えない身だ。今向かっているパソコンの画面だって、覗かれてしまえば軽蔑の元となる。菊が生業としているのは、どう取り繕っても犯罪なのだから。すねどころか、全身に傷を持つ身である。

(……負けてしまえば、いっそ好都合でしょうか)

 そんな事を考えてから、菊は自分の身勝手さに辟易する。そして醜さを忘れるように、仕事へと逃げるのだった。
 
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