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愛しては、ならない
第45章 小さな逃避行
「狭いけど、適当に座ってね」
夕夏が売店の袋から中身を出して冷蔵庫に入れたり、ケトルに水を入れて火にかけたり洗濯物を取り込んだり動き回るなか、俺は所在無げにキョロキョロするしかない。
今日は誰も居ない、と彼女は言ったが、本当にそうなのだろうか。
忙しく洗濯物を畳み始めた彼女に「手伝うよ」
と言うと、彼女はにっこり笑って全部俺に押し付けてきた。
女性の下着も中にはあるのに、だ。
彼女はよく鼻歌を唄うようだが、菊野とは違い、洋楽や邦楽のロックを口ずさんでいる。
菊野が料理をしながら歌っていた声がふと甦り、俺は首を振った。
――彼女の事を一時でも忘れたくて飛び出してきたのに、何を俺は……
気が付くと目の前で、身を屈めてカップ麺を二つ手に持った彼女が俺を見ていた。
その真剣な眼差しに鼻白み思わず後ずさるが、彼女は言った。
「晩御飯。
ハイパーカップ伝説のとんこつ醤油味と、茎ワカメラーメンとどっちがいいっ?」
「……え?」
「早く決めて!あと五秒以内に決めないなら私が決めちゃうからね」
「……じゃ、じゃあ、豚骨」
「了解――!」
夕夏は軽い足取りで台所に行き、カップにお湯を注ぐ。
俺は何だか拍子抜けをして大きく溜め息を吐いた。