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愛しては、ならない
第53章 最後に、もう一度だけ②
玄関に細い靴があるのを見て、胸が騒ぎだした。
菊野が居る。
さあ、どうする――
俺は、先程までシミュレーションしていた彼女との会話を頭の中で繰り返し、胸を鳴らしながら靴を脱いだ。
「ただいま……菊野さん……?」
リビングに向かいながら控え目に声を出したが、返事はない。
ドアを開けると、ソファの背から彼女の小さな手が見えた。
長い髪が、風にゆらゆらと揺れている。
「菊野さん……ただ今……帰りました」
後ろから声をかけるが、彼女の返事はなく、代わりに小さな寝息が聞こえてくる。
「……窓も開けたままで……風邪をひいたらどうするんです」
俺は、聞こえるはずもないが眠る彼女に言って開いていた窓を閉めて、身体に何かを掛けてやろうと彼女に向き直ったが、その場に立ち尽くしてしまった。