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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 この時どう思ったか、考えたけれど、「最悪な気分」としか形容出来ない。
 しかし次の晩も気の毒な人は部屋にやってきた。

「おかあに漫画買うてくれるよう言うたか」
「言うてません」
「はぁ?なんでや」
「すみません許してください」

 とっくに成人し、自分で賃金を得られる年齢だった気の毒な人がなぜしつこくこんなことを私に要求したのか理由は今でも不明だ。
 けれど、そんなやり取りを繰り返しながら、気の毒な人は昨晩と同じようなことを私にした。
 いや、毎晩のようにした。
 気の毒な人は私が抵抗すると、姉と同じ手口で私を殴った。
 姉と違ったのは「ころすぞ」と頻繁に口走ったことだ。
 気の毒な人の目は姉のように怒り狂って血走っているようなものでなく、ごく平常どおりというのか、冷めた目をしていた。
 逆に怖かった。
 だからほんとうに殺されるかもしれないと思い、毎晩怖くてたまらなかった。

 抵抗をやめたのは懸命な判断だっただろう。
 抵抗をやめる直前には冷めた目でハサミを持ち出すほどだった気の毒な人の関心を受け入れたほうが保身に繋がると本能で悟ったのだ。

 抵抗をやめた私へ向けられた気の毒な人の関心は、彼が睡眠中の私の顔に投げつけた漫画の中に登場する少女たちに向けるものと同じくらいに高まっていった。
 
 ある夜、気の毒な人はついに私に「お前いつも風呂でオナニーしてんのんか」と尋ねてきた。
 無論オナニーの意味を知らない私は答えられない。
 すると彼は私の陰核を指でつつきながら「あれや、ここ触ったらきもちよーなんねやろ」と、職業柄なのか、私に分かりやすく質問しなおした。
 今度は恥ずかしいやら情けないやら気持ち悪いやらで答えられない私に、彼は言った。

「女がどんなしてきもちよーなんのかほんまには見たことないから、見してくれ」

 そんなことをだ。

 出来るはずがなかった。
 いつもしてることをやって見せろと言われたところで羞恥心が勝る。
 久しぶりに首を左右に強く振った。
 殴られるかもしれないと思った。
 けれども、気の毒な人はそうはしなかった。

 気の毒な人はベッドの中で私を抱きしめると、胸の辺りに顔を擦りつけ、そして見たこともない顔で「おねがい」と述べた。

「風呂んなかであんなしてたお前のあのカッコウが忘れられんのや」

 
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