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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 あの時私はいくつだったのだろう。
 思い出せないのは、学校に通っていなかったからだ。
 要するに記憶を引き出しても、年齢を思い出せる時間軸がないのだ。

 気の毒な人は、とてつもなく嫉妬深い男だった。

 我々の関係がはじまったある夏、プールの授業があった。
 家庭状況が反映して暗い子供だった私に友達などいなかったが、明るい性格の男子とプールの授業中何らかの遊びをして楽しかったと彼に話したことがきっかけだったのだが、彼は猛烈に怒り、殴る代わりに私の身体のいたるところを噛んだ。歯型が残るほどに。
 特に股間に近い太腿の内側を集中的に噛まれ、当然のことながら私はその夏、歯型が消えるまでプールに入れない事態に陥った。

 けれども夏場は毎日プールの授業があり、毎度毎度見学など出来ない。
 あるとき担任にズル扱いされ、それが原因で登校時に腹痛を引き起こすようになり、母親は例のような女であったため、私はいとも簡単に不登校児になった。

 その頃、気の毒な人は実家を出て一人暮らしをはじめた。
 母が不登校児の私を彼の家へ頻繁的に預けたのは、恐らく「不登校児の面倒をみるのはいやだから」という理由以外なにもなかっただろう。
 姉は奇跡としか呼べないプロセスで結婚し、とっくに家を出ていた。
 だから母は、自分が楽をしたいがために、末娘を年の離れた独身の兄の下に押し付けたのだろう。

 気の毒な人は晩に帰宅して朝家を出て行く。
 家にいる間は、私を裸にする。
 365日、ほとんどそんな生活だった。
 
 だから、本当に時間軸が存在しないのだ。

 たぶん10歳~11歳くらいじゃないかと思うが定かではない。
 もしかしたら12歳だったかもしれないし、そうじゃないかも知れない。


 けれど、確かにあの日、あの夜、血の繋がった男の腕の中で、ようやくひとつになれたのだと知った時、私は嬉しくてたまらなかった。

 実のキョウダイがどうこう、という概念は存在しなかった。
 単純に嬉しかった。それが率直な感想である。 




 
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