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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 私としては、辛いとか苦しいとかそんな感想はなかった。
 単純に、「あぁ尿って温かいんだなぁ」とか「あぁ怒らせたら殺されるかも知れないからいうこときかなきゃなぁ」くらいの感想だった。

 気の毒な人のことを好きだとか嫌いだとか、それまでは思ったことはなかった。

 けれど例の飲尿事件のあと、明らかに気の毒な人の私への態度が変わった。

 気の毒な人は無論というべきか、私に横柄な態度を取り続け、私を裸にするとき以外はほとんど会話もしなかったが、じょじょに私に自分の話をするようになったのだ。

 あるとき。
 私が月経中だったときだ。
 気の毒な人は言った。

「むかしセーリ中のんを舐めさせられたことあるけどあんときは死んだわ」

 あまりの衝撃発言に私は笑ってしまったのだが、気の毒な人は怒りもせず、淡々と語った。

「セーリやと欲情するとかまじ知らんよな。せやから兄貴が死んでからふと“よし。ころそう”って思って包丁もって部屋行ってんやん。ほしたら泣きながら土下座したからゆるしたってん」

 あはははと笑ってた口が開いたまま閉じられなかった。
 それ誰の話?とは最後まで聞けなかった。

 あるときには、

「あほな話やけどな。中学受験する前に、おとうに兄貴の出来がよすぎて辛い言うて泣いたことがあったんや。おとうは他の部活なんか許さん言うたけど、ほんまは俺な、ずっとサッカーがしたかってん。シゴトもこんなんじゃなくてな、別の仕事したかった。妹が生まれて嬉しかった。けど自分のことで精一杯でなんも遊んでやれんで、仕舞いにはこんなして、申し訳ないと思ってる」

 などとも語った。

 私の心の中に“この人は気の毒な人なんだ”という想いが焦げ付いたのはこのときだった。

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