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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 今思えば私はなぜか気の毒な人のカウンセラーみたいなことをしていたように思う。

 気の毒な人はじょじょにだが、心の澱を吐き出すように、自分の感情を私に告白するようになった。

「どこに行ってもコンプレックスしかなかった。兄貴が大学、社会人で活躍したり、学校の違う同い年の従兄弟が代表に選ばれたりしてるあいだ自分はずっと補欠で、好きでもないのになぜこんなことをしなきゃいけないのかという疑問がずっとあって、でもちっさいころ散々おとうにしごかれた恐怖みたいなんが心んなかにずっとあって辞めたいと思うたびにそれを思い出して辞めるに辞めれんし、ほんましんどかった。でも今は自分が教える立場になって子供らにそんな想いして欲しくないし純粋に楽しんで欲しいと思うし、なのに妹にだけはエラソーにモノ言うてこんなして自分はクソやと思う」

 こんなことを言われるたび、私は「いやいや、そんなことないよ」と励ましていたけれど、冷静に考えたら「そうだねクソだね」と言うべきだったのかも知れない。

 なぜなら、こんなことを言いながらも気の毒な人は私を抱き続けたし、なにより、ある日突然、中学生になった私に、


「あ、俺結婚することになったから。もう来やんといてくれ」


 と告げたからだ。


 気の毒な人が人生の伴侶に選んだ女は学生時代の同級生だった。
 気の毒な人の家に私が入り浸っていたにも関わらず、一体いつから彼らが交際していたのか、私にはまったく分からなかった。
 というより正直「こいつのこと好きになる女がいるんだ!!!???」という感想の方が大きかった。

 物好きな女は親族顔合わせの際、年の離れた妹の顔を繕った私に素敵なハンカチをくれた。
 頬にそばかすがいっぱいあるキツネ顔のスレンダーな女だった。
 

 おかしな話だが、本当に何も思わなかった。
 悲しくも辛くも嬉しくも楽しくも、本当になんとも思わなかった。
 それよりも休みがちだった中学のクラス内の出来事のほうが関心が強く、気の毒な人と自分との関係なんて微々たる物のように感じられた。


 だからこそ、気の毒な人が結婚してしばらく経った頃、実家にかかってきた彼からの電話を受けて、私は素直に彼が指定した待ち合わせの場所に向かったのだ。


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