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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 なんとも言えない生暖かい液体が口の中に規則的に放出される。
 ふーと息をついて気の毒な人が私から身体を離そうとするから、そのタイミングで私は口の中のものをゴクリと飲み干した。
 それがいくら大量とはいえ、唇の端っこから溢してしまうようなヘマはしない。
 なぜなら、溢してしまえば服が汚れて、不利益を被るのは誰でもない、私自身だからだ。


「・・・あー、あっついなぁ。やんなるわ」


 気の毒な人はしぼみはじめたモノを下着の中に納めるとベルトを閉め、ワイシャツの袖で汗を拭う。
 暗がりに冴えない顔が見える。


「さんじゅうにどやて。昔は練習中、水も飲まれへんかってんからな。アホやで、そら部員死ぬで」


 30歳。
 地方公務員で、2児の父。
 にも関わらず、自分の年齢の半分にも満たない私とこんなことをする、そんな、私の大好きな、日本一不幸な。


「兄貴もなんでまたこんな時期にスキコノンデ死のー思たんやろなあ。天理まで一緒にツーリングする約束しててんで。あのあと見たらな、ちゃあんと整備しとんねん。なんやろなぁ。兄貴にも、トチ狂うことがあったんかな」


 オッサン。いや?


「まぁ、そらキョウダイやねんから、兄貴もどっかトチ狂ってたっておかしないわな。あのデブもそやし・・・。お前も、そうやねんからな?ほら、はよした下りや。汗よお拭いとけよ。バレたら許さんからな。ほら、はよ行け。また帰ったら電話するから。ほら、はよ行け」



 兄、といったほうが正しいだろう。



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