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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 記憶は、たったこれだけなのだ。

 なのに、おかしなことに気の毒な人が不本意なかたちで私に向けた一瞬の視線は、絶頂を知るわたしの幼い股間に張り付いて離れなかった。

 さすがに同じ経験をするのはコリゴリだったので風呂場での自慰を諦めた私は、その日以来、お湯が当たると一番気持ちいいところをパンツの上から弄るという自慰を覚えた。

 夜布団の中で眠る前にタオルケットの中で両脚を大きく開き、パンツの上からぷくっとして硬い部分を撫でるように触った。
 目を閉じ、自分自身が自分自身に与える快感を集中して貪り続けているあいだ、私は知らず知らずのうちに気の毒な人が風呂場で私の股間に向けた焦げ付くような一瞬の視線を思い出していた。


 見られたい、という種類のモノではない。
 無論、幼い私に性知識などなく、犯されたい、なんて野蛮な野望でないことは言うまでもない。


 ただ単純に、生まれて初めてヒトに関心を持ってもらえた。
 そのように、幼い私は気の毒な人の一瞬の感情を読み取っていた。
 それはある種の快感のようなものだった。


 前途のとおり母親は子供に関心の薄い女であった。
 父親はあまり在宅しない男だった。
 母親が私に向ける視線は常に空虚なもので、関心を持たれていると自覚することはほとんどなかった。
 餓死させることもないが、愛することもない。そういったところだろう。


 だからこそ私は、敏感に感じ取ったのかも知れない。
 初めてヒトから自分に向けられる「関心」の視線に、人間の潜在欲求である快楽が潜んでいることを。


 

 
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