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ここで待ってるから。
第20章 サクラサク。④
〈涼介の領分〉


「はじめまして。私、涼介の姉の深山多歌子と申します。こちらは夫の敦彦です。」

 日曜日、源藤はじめ、依子夫妻の娘との見合いの為に姉夫婦を呼びつけた。

 五年前、病に倒れた父の後を姉の多歌子が受け継いだ。
 敦彦さんは婿入りし、姉さんと二人で事業を継いでいる。

「あの、深山ホテルのご子息とは。」

 しれっと、源藤専務が言う。

 わざとらしい。身辺調査しているだろうに。

 深山ホテルは全国の厳選したリゾート地に、一流以上の設備と人材と、もてなしをコンセプトに政財界、芸能界とも幅広く利用されている。

「愚弟が大変お世話になっております。父の代理として、本日はよろしくお願い致します。」

 姉さんは、五つ上の異母姉。
 先妻の娘だったが、後妻の自分の母とも仲良く関係は悪くない。
 ただ、父の女癖には辟易していた。


 都内の高級料亭に席を設け、専務の長女、源藤真朝とはじめて顔を合わす。

 目の前に座る真朝は、薄紅の花を散らした春らしい着物に長い髪を結っている。うつ向いているが、長い睫毛に黒い瞳。鼻のラインも美しい。

 二十四歳。大学を卒業し二年間イギリスに留学していたらしい。

「真朝、深山君は本当に素晴らしい人物よ。これもご縁と思ってお付き合いしてみたら?」

 源藤依子は副社長として、社長である母親の康子をサポートしている。
 
「副社長、大変申し訳有りませんが今日はじめてお会いしたばかりですので、真朝さんには焦らず自分を見極めて頂きたいと思っています。」

 当たり障りなく、本心を伝える。

 どんな女でも良いわけではない。

 若くても、年上でも。
 美しくとも、醜くとも。

 心を許せる相手でなくては。
 父の二の舞にはなるまい。

 いや、まだ心の奥に引きずっている事がある。

 波村橙子。

 心から、愛しいと思った。彼女の声、仕草が懐かしい。
 優しく抱きしめ、その身体の柔らかさと髪の香りに身を埋めたい。

 手離した事に後悔はしていない。

 ただ、少しだけ。今、少しだけでも側にいてくれるだけでいい。

 自分がこんなに未練がましい人間だとは思わなかった。

「真朝さんはイギリスに留学していたそうですが、向こうの生活はどうでしたか?」

 姉さんが場を盛り上げようと色々、話し掛ける。
 
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