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ここで待ってるから。
第26章 そうだ、温泉に行こう。〈山茶花〉
〈山茶花の間:涼介〉



 夕方、車で高速を走る。

 両側の山は既に闇をまとい、静かに夜の訪れを待っている。

 変わらない景色に少しだけ飽きる。

 高速を降り、道なりに進むと有名な温泉街に出る。裏道を使い、他の旅館やホテルとは離れている一件の旅館に行く。

 駐車場は土曜日と言うことで、埋まっていた。従業員用の駐車場に移動し、空いている所にとめる。

 しんざん亭。

 母が経営している旅館。ホテル経営している姉夫婦がバックアップし、今は予約の取れない有名旅館としてメディア等に取り上げられる程だ。

 母は十八歳で深山に嫁ぎ、その年に俺を産んでいる。今は、四十八。若く、美しい女将とそちらも話題になっている。

 車を降り、旅館の裏手に回り本館に入る。従業員専用扉を開けると、フロント後ろにある事務所に通じている。

「あら、涼介。わざわざ、裏から来なくても。」

 事務机にノートパソコンを広げる姉、多歌子がいた。

「…なんとなく、母親に出迎えられるのはちょっと…。」

 姉と言っても、半分しか血が流れていない。異母姉。

「まぁ、男なんてみんなマザコンだと思ってたけど。」

 鼻で笑いながら、帳簿をめくる。

 姉は深山の先妻の娘。七歳年上。先妻は病気で亡くなり、母は若いながらも姉を受け入れ、家族同然に分け隔てなく育てた。

 姉も素直に受け入れ、親子と言うより姉と妹のように仲が良い。

 父に愛人がいて、母が心を病んだ時も支え、共に寄り添ってくれた。

「あ、ねえ、真昼さんは何時頃来るのかしら?」

「確か、二十二時過ぎると。」

「彼女には申し訳ない事をしたわね。」

「いや。本人が来たいと言ったのだから。月曜日までゆっくりさせてもらうよ。」
 
 姉と話をしながら目の前のホワイトボードに埋められた、予定や宿泊者の名前を見る。

 今日も相変わらず、満員だな。よく繁盛している。本館の七部屋も離れの四部屋もしっかり埋まっている。

 花海棠の間。東様。

 …まさかな。いや。

 苗字とは言え、あまり見たくない名前に心がざわつく。フロントに置いてある、宿泊者の名前も確認する。もう、とっくに着いているようだな。

 なんとも、まあ。諦めの悪い男だと、自分に悪態をつく。

「そう言えば、涼介。」

「ん、ん?」

「真昼さん、あなたと同じ離れので良かった?」
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