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ここで待ってるから。
第27章 螺旋の迷路。
 名前を呼ばれ、身体が固まる。

 沙矢子も複雑な顔をする。

 石黒はスッ、と側に寄る。

「こ、こんにちは。お久しぶりですね、石黒さん。ニューヨークはどうでしたか?」

 さらっと席を立ち挨拶をして、食器を返却口に持っていく。向こうも、何故かついてくる。引き離そうと、さっさと片づけ食堂を出る。

 気がつくと、沙矢子は申し訳ない顔をして企画部部長に捕まっていた。

 い、いつのまに。

 石黒は私の側にずっといる。女子達の視線がかなり痛いのですが…。

「石黒さん。ほら、皆さんが待ってますよ。」

 頑張って、離れようと努力するも石黒はテーブルに陣取っている女子達にヒラヒラと手を降り、極上の笑顔を送っている。

「今は君と話がしたいんだが。」

「私はしたくありません。」

 そのまま、廊下に出て自分のデスクがあるフロアーに向かう。

 何ヵ所か曲がり角を過ぎ、エレベター前まで来ると腕を捕まれ小さな給湯室に押し込まれる。

 石黒は後ろ手に鍵をかけ、私を壁に追い込む。

 背後に逃げ場は無く、自分の非力に情けなくなる。

「…ちょっと、どう言うつもり?」

「一週間。俺が帰ってから、一週間経ったけど一言も挨拶がないのは酷いんじゃないかな?」

「…部署も違うし、他人の貴方に声をかける程社交的じゃないから。」

 石黒は私の肩に手を置き、腕から手先へと指を這わす。

「他人。そうか、他人か。あんなに、愛し合ったのに?」

 顔が耳元に近付き、甘く囁く。その、首元には一つ黒子があった。

「愛し合った?あれは、お互いただの身体の関係だったんでしょう?」

「俺はそんなつもりはなかったけど。」

「…え?」

「…自分なりに真剣に付き合っていたつもりだったけど、君が俺を拒否したんだろう。」

 嘘だ。

 この男は私と小暮真理子と関係をもって、二股かけていたんだから。

 何が真剣に付き合っていたつもり、よ。

 私が拒否したって?

 貴方があの女に私の愚痴や悪口を吹聴していたんじゃないの。

「私は貴方を拒否した覚えはないです。拒否したのは貴方から。私から離れていったのは貴方だった。」

 石黒の指が時々、手の甲に触れる。

 骨ばった、長い指先。

「…そんな事はない。あの時、君の方から…。」

 急に石黒の携帯が鳴る。

 画面を見て、小さく舌打ちをする。
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