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ここで待ってるから。
第27章 螺旋の迷路。
 自分がどれだけ傷ついて、悲しんでいたか。

 でも、それ以上に石黒は闘っていた。

「…話してくれていたら、私達は…。」

「それはわからないな。」

 そう、いつだって未来は不確定で不安定。

「ただ、その時の気持ちはその指輪が総てだよ。今更、やり直そうとか思わないがあの時の自分を知っていて欲しかったんだ。」

「…克也。」

「…久し振りに君に名前を呼んでもらえたな…。嬉しいよ。」

 石黒は少しだけはにかむ。

「最後に、一度だけ我が儘を言っていいかな?」

 私は石黒に指輪のケースを渡す。

「何?」

 そのまま、左手を取られ指先をそっとなぞる。

「この指輪、はめてみてもいいかい?」

 ケースから指輪を取り出し、左手の薬指にはめようとする。

「…っ。」

 思わず手に力が入る。

「…ごめんなさい…。私…。」



「橙子さん?」

 背後から声をかけられ、振り向く。

 そこに、夏が立っていた。

「…夏…。」

 手を引く。その時、石黒の爪が手をかすめる。

 スッ、と手の甲に一筋の赤い線がつく。

「ん?大丈夫か?橙子。」

「…大丈夫。」

 傷は浅く、気にするほどではない。

 石黒はまた私の手を取り、そのかすり傷に唇を寄せる。柔らかい感触に複雑な感情が燻る。

「…離して。」

 手を引く。

 石黒は静かに微笑みながら、指輪のケースをポケットにしまう。

「イタズラが過ぎたな。…君の気持ちはわかったよ。…。二年前の置き去りにしてしまった自分が、やっと戻ってきたよ。」

「…私も。会えてよかった。」

「明日からは、同じ会社の社員として…。お休み。」

「ん…。お休みなさい。石黒さん。」

 窓を閉め、車が発信する。過ぎ去るテールランプをみつめながら、お互い決して戻れないことを確認した。

 後悔…とは違う。

 ただ、もう少しだけ過去の自分を甘やかしてあげたいと思っていた。

 泣いて、傷ついた自分を抱き締めて。



 石黒を見送り、夏を探す。

 先に部屋に戻ったのかな?

 これでやっと、夏に真剣に向き合える気がした。

 過去の自分を大切にしながら、現在の私をすべて夏に与えたい。

 心も、身体も、今は夏だけを求めている。

 触れていたい。触れられたい。

 愛したい。愛されたい。

 それは、今更許されるのだろうか?
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