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ここで待ってるから。
第28章 ここで待ってるから。①
 金曜日の夕方に、会社から直接実家に帰省する。

 前は夏が一緒だった。

 あの時はまだ、涼介か夏かなどと迷ったりして。それでも、答えはでないまま夏を好きになり、身体を求めあった。

 夏の肌の熱さや、感触を思い出す。

 いつか、またちゃんと向き合える日は来るのかしら。

 私はまだ何も話していないし、言い訳すらも伝えられない。

 沙矢子に言わせれば、子供なんだと。

 欲しいものが手に入らないと駄々をこね、へそを曲げていじけている。

 私も夏と同じだ。

 お互い、悲しいくらいの意地っ張り。





「ねぇ、一緒にカブトムシ取りに行こうよ。」

 ああ。これは、夢かな。

 私と夏が小さかった頃の…。




 小さい夏が、自分の背丈を越えた虫とり網と緑の虫かご。青色の水筒に飴の入った巾着袋。

 朝、太陽が登る前に寝ている私の部屋に来た、小学三年生の夏。

「…まだ、早いよ。」

 ベッドの上で時計を確認する。

 早朝、四時半。

「夏、眠いよ…。」

 薄掛を頭までかぶり、夏を追い返す。

「えー。夏休みに入ったら、カブトムシとりに行くって約束したよ。ねー、ねー起きてよ。」

 あまりにも身体を揺さぶられ、眠気も徐々に覚めていく。

「…守に連れていってもらえばいいのに…。」

 ブツブツ文句を言いながら、ベッドから起き上がり身仕度をする。

 山にはいるから、中学のジャージを上下に着て顔にうるさい髪を束ねる。

「夏も長袖の方がいいよ?」

「大丈夫。裏山だし。ねぇ、用意した?」

 夏に手を引っ張られ、まだ家族が寝入って静かな家を出る。

 外はまだ、薄暗く山々に朝靄が静かに厚くかかっている。初夏の空気は湿気を含み、肌に優しくまとわりつく。

「裏山の神社に行こうよ。あそこのちょっと先に大きなくぬぎの木を見つけたんだ。まだ、誰も知らないから、きっとカブトムシもクワガタも一杯いるよ。」

 そんなに目を輝かせても、たいして興味の無い私は適当に相槌を打つ。

 軽くあくびをしながら、夏を先頭に慣れた裏山の道を登って行く。

 前を歩く夏はよく見ると、たいして私と身長が変わらない。いつの間にかにこんなに大きくなったんだろう。

 一番、チビだった夏に追い越される。

 沢山のいとこ達の中で上下関係が生まれ、背の低い私は少しだけ劣等感を持っていた。
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