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ここで待ってるから。
第28章 ここで待ってるから。①
「あ、ねえ夏。給料低くて、激務だけどうちに来て働かない?…と言うか、お願いだからうちに来てほしいの。」

 大学時代の先輩、水瀬先輩の経営する出版社に就職が決まったのはそれから数日後。

 バタバタと東京へ行く準備をする。

 橙子さんと、同じ空の下なら雨だって雪だって構わない。

 橙子さんと、同じ夜空が広がっているなら都会の中で一人でも構わない。

 そんな中で、おばさんが提案してきた。

「橙子のマンションに住んだらいいんじゃないの?」

「…え?えっと、とりあえず出版社に寝泊まりできるから大丈夫です。ある程度、働きだしたら部屋も借りるし。」

「でも、食事は?毎日、外食なんかしてたら貯まるお金も貯まらないわよ。橙子に聞いてみるから、ちょっと待ってなさい。」

 断る返事もする間もなく、空いてる部屋に転がり込むことになった。

 大丈夫かな。

 普通、大人の男女いっしょに住むなんて心配しないのかな。

「本当に小さな頃から仲が良かったからね、あんたたちは。橙子の後ろにくっついて歩いて。」

 おばさんや母の話の中で、まだ自分は子供のままなんだと知らされた。

 橙子さんも俺の事を子供扱いするんだろうか。

 

 東京で会った橙子さんは、大人の女性になっていた。

 沢山の恋をしたんだろう。沢山の別れを経験したんだろう。

 俺の知らない橙子さん。

 一緒にいる時間が長ければ長いほど、自分がどれだけ橙子さんを欲しいか。手に入れたい。そんな欲望だけが募って行く。

 お互い、割りきった関係を持ち一度だけ抱いた身体は、綺麗で美しく会えなかった時間をあっという間に埋め込んでしまった。

 自分の心に出来た隙間に躊躇いもなく入り込む橙子さんに、夢中になり独占欲が芽生えていく。

 最初は、誰のものでも構わなかった。男がいても、俺を子供扱いしても。

 それでも、橙子さんを知れば知るほど欲しくなる。

 男として。

 髪の毛一本も。指先も。声も。仕草も。

 自分だけのものにしたい。

 過去の男達がそれを遮る。

 ねぇ、橙子さん。

 俺はまだ、追い付けないよ。

 どこにもいかないでよ。

 側にいて。もっと、話を聞いて。もっと、話をしてよ。心が欲しい。愛が欲しい。


「…大丈夫だから。ちゃんと…。」

 橙子さんに手を伸ばす。

「ここで待ってるから。」
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