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ここで待ってるから。
第11章 君が好き。
 形の良い唇が、近づく。
 このままじゃ、キスしてしまう。でも、このキスはどんなキスなんだろう。

 優しく、甘い誘惑に負けてしまいそう。
 このまま流されてしまえば、私は抗うことが出来ない。

 でも…何か違う。

 吐息が瞼を擽る。なんて刺激的な感覚。

 静かに心が叫んでいる。
 この人は、私を好きなわけじゃない。
 誰か他の人と重ねている。
 その、寂しさを埋めようとしているだけだ。
 
「…だ、駄目…です。」

 遠山さんの腕の力が抜け、私を解放する。

「…すみません。」

 身体を離し、遠山さんを見る。

「…いえ。あの、遠山さん。貴方、好きな人がいるんですね?」

「…橙子さん。」

「…大して威張れるほど、恋愛経験は無いけれど。これは、女の勘。」

 遠山さんは苦笑いをし、深いため息をつく。

「貴女を好きになってたら良かったら。いや、性格や人間性は橙子さんの事、好きですよ。…恋愛の対象として、女性として好きになれたら…と、思いました。」

「…遠山さん。」

「貴女といると、安らいで落ち着いて…。橙子さんと恋愛をしたら救われるのでは?…なんて。」

 救われる?

「キスをすれば、そこから恋が始まるのでは?…などと、甘い考えでした。貴女は、今きちんと恋愛をしているのですね。」

「遠山さん?」

「救われたい、なんて我がままなんだろうか。恋することが、こんなに苦しくてせつない事なら、知らない方が良かった。」

 確かに、人を好きになるのは自分勝手で一方的で。エゴの押し付け合い。でも、それでもお互いの気持ちが通うことが出来たらどんなに素敵な事だろう。

 今、私は夏を好きになって良かったと思う。
 夏と出会えて、心から良かったと。

「そんな事、言わないで下さい。どんな恋であれ、人を好きになって、大切に思えるって素敵な事だと思いませんか?」

「…僕は、その気持ちは箱に閉じ込めました。」

 なんて悲しい目をするんだろう。
 でも、まだその恋心は遠山さんの中にいるんじゃないかしら?

「怖がらないで、箱を開けてみませんか?」

「…いえ。その箱は深く、深く沈めてしまいました。なのに…。」

 私はそっと、手を差し出す。
 今にも泣き出しそうな顔。頬に触れる。
 温かい遠山さんの手が重なる。

「誰かを好きになるって、こんなに苦しいものですか?」
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