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ここで待ってるから。
第13章 《沙矢子さんと総一朗君。》月まであと一歩
 中に入ると、まだ時間が早いのか客はいない。
 バーのマスターはカウンターで、グラスを拭いていた。

「いらっしゃい。若先生に、沙矢子さん。あれ?うーん。二人とも知り合いだった?」

 マスターは私と先生を見る。

「いえ。マスター、奥の席空いてますか?」

「うん、どうぞ。」

 カウンターには座らず、 奥にある二人用のテーブルに座る。

「あの、先生。一緒に来たかった店って、ここですか?」

「はい。」

 この店は、この街に越してきた時から通っていてる。静かで、ゆっくり飲めて料理も美味しい。マスターとの会話も楽しく、くつろげる。

「田畑さんは、いつもカウンターの窓際にいますよね?僕はこのテーブル席から、貴女をよく見かけていました。」

「え?」

「…僕は貴女の事、前から知っていましたよ。」

 いたずらっ子のように笑う。

「…そうですか。」

 マスターがウィスキーのロックとマグカップをテーブルに持ってくる。
 ウィスキーのロックは私。

「それは?」

「…ホットミルクです。」

 シナモンスティクが差してあり、それでかきまぜる。
 ふわっ、とスパイスの香りが立ち上がる。

「急患が来た時、対応出来るように酒は飲まないんですよ。あ、マスター。チキントマト煮とガーリックトースト。あと、燻製の盛り合わせお願いします。」

「先生も、この店の常連?」

「…はい。あの、その『先生』はやめて欲しいんですが。何か距離を感じてしまうので…。」

「え?えっと…倉城さん?」

「…名前がいいです。うん、名前で呼んでください。」

「総一朗、さん?君?」

「うーん。『君』がいいですね。」

 ニッコリ笑って、マグカップを口に付ける。

 私より二歳年下の動物の先生。この街で代々続く動物病院の跡取り息子。
 お祖父ちゃん先生と二人で切り盛りしている。

「…総一朗、君。今日は夜間診療は?」

「平日の夜間は僕の担当ですが、土日はお祖父ちゃん担当なんです。だから、今日はゆっくりお話し出来ますよ。…沙矢子さん。」

 名前で呼ばれ、ドキッとする。
 総一朗君を見ると、優しい笑顔。
 無邪気な顔に毒が抜けていく。溜め息をつき、あきらめる。

 嫌いにはなれない。

 あんな、無理矢理なキスされても…。

「沙矢子さんは、月みたい。いつも、夜に僕の前に現れるから。」
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