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セルフヌード
第4章 光と闇
ランチのあと水族館を観て、碧落が翳り出す頃、地元に戻った。
暫しの間、美優は車内に残された。この庭も、眠りかけの桜花がもの寂しいレースを緑の芝生に撒いていた。
甘やかされすぎた心身は、疲弊していた。
贅沢な疲弊。
不吉なくらいの幸福を、美優は、大好きな配偶者と一緒にいた時でさえ味わったことがあったろうか。
良を愛している。愛していると、美優は自分に言い聞かせる。
家庭という水に自分自身を繋ぎとめる鎖の質感を確かめては安堵して、そのくせ無意識の深淵では、きっとなつみに向ける表情ばかり、仕草ばかり、思索している。いつでも最高の自分を見せたがっている本能が、美優を操っていた。…………
「お待たせ、お姫様」
片手を引かれて黄昏を渡り、いつ訪ってもそこはかとなく良い香りの漂う邸宅のリビングに入ると、夢のようなティーセットとデコレーションケーキがテーブルを彩っていた。
クリスタルのようなジュレをまとってつややく苺が、ふわふわと円形を描く生クリームを縁どっている。ツートーンのハートプレートが扇状に並び、半円の空白に、「HAPPY BIRTHDAY MIYU」と書いてある。
「本当は、愛してるって書きたかったんだけど。チョコペンで漢字デコるの難しくて」
「──……。作って、くれたの?……」
「正解。初挑戦」
「…………」
なつみがケーキを切り分けていく。美優はスマートフォンのカメラアプリで、ケーキピースが皿に盛られ、宝石のようなポットが白い茶器を満たしてゆく様子を撮ってゆく。
「ありがと」
シャンパンフレーバーの紅茶で喉を潤して、世界でたった一つのケーキの欠片を口に含んだ。
じわり……
美優のためにつくられたケーキは、美優の舌にほろりと馴染んだ。