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セルフヌード
第4章 光と闇







 美しい顔の女が吊られていた。多分、丸裸で。



 母親の年齢ほどの女が、女体に血液をすりつけていた。

 女の爪が女体をえぐる。指が乳輪を貫く玩具を回し、肉叢ごと翻弄する。


「っ…………」


 撮影現場かと思った。

 だが違う。

 吊られているのは、ここで美優を何度も明暗の幻想絵画にとりこめた女の方だ。


「あら」


 マエストロが美優に振り向いた。

 若かりし頃はそれなりに美しかったろう女の手に握ってある剃刀には、掃き溜めから引きずり起こしてきたごとくの人形のものと思しき液体がこびりついていた。


「や……」

「み、ゆ……」



 引力に逆らうなつみの手首が羈束の中で抗力を示す。

 端正とれた顔かたちとは一致しない肉体を支える縄が、つられて軋んだ。


「…………っ」


 違う。


 ぞっとする衝動が美優を襲う。



 恐怖。悪寒。



 裂傷と化膿、変色が異様なマーブルを刷いた皮膚。あるべきかたちをなくした膨らみ。黒く伸びた襞、大口を開け、異様な形状の粘膜がてらてら光る女の秘境──…。


 昼間は全く分からなかった。

 華やかな洋服に彩られた肉体は、当然あでやかであろう先入観を、美優にすり込んでいた。



 違う。違う。

 なつみではない。美優の愛した、愛してくれた──…人では、ない。





「いやぁぁぁぁあああっっっ……!!」





 歪んでゆく視界を凝らして、砕けそうな身体を連れて、駆け出した。



 忌避が美優を追い立てる。


 嫌悪。絶望。



 靴も履かずに走らないと決めたのに、忘我したあるじを支えんと、足が地面を転がるように駆ける。



 公園の砂場に崩れ込んだ。



 狂ってしまいそうに寒い。世界が、黒より深い黒に危められてゆく。


 美優の喉を、酸性の液体が突き上げる。







第4話 光と闇─完─
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