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セルフヌード
第7章 喪失という残酷
* * * * * * *
肌に馴染んだ空気に誘われるようにして、美優が久しい邸宅に入ると、一年と少しも訪わなかったのが嘘に思えるリビングに先客の姿があった。
顔を洪水に覆った鬼と、老いた悪魔。
悪魔の──…男の方は見たことがない。だが、どのような人間かは察しがついた。
「何やってるんですか……」
美優の何かがちぎれかけていた。
あの美しい人に相応しい、やんごとない住処。
この女はこうして我が物顔で踏み入り、なつみの不羈を奪ってきたのだ。
ここはなるべく通りたくなかった。
それでも、買い物帰りはここを通るより他になかった。
咲希を連れての買い物帰り、久しく明かりがついていた。
美優はベビーカーを親しい近隣の家に預け、飛びつくように門を抜けて入ってきたのだ。
広栄の手に、古びた紙切れが握ってあった。
男は蒼白な顔を恐怖に歪め、無言で慄いていた。
ムーンストーンと思しきリングが、シェルの小箱と一緒にテーブルに置いてあった。
「うっ……うう……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
ごめんね。ごめんなさい。ごめんなさい。
広栄の赤い唇から、何かに憑かれたような呻吟が、同じ言葉を繰り返す。
「あんたに謝る資格はないわ!!」
「っ…………」
女が汚い顔を上げた。
いつかの陰湿な笑みは消え、ぼろ雑巾のような悲惨がそこにはあった。
「貴女……」
「何しに来たの」
「──……」
「知ってたの?」
「…………、さっき……」
「…………」
「あの、なつみはこのこと──」
「…………」
美優の呆れた無言から、女は答えを導き出した。
愚かなことをした。取り返しのつかないことを。…………
世のひょうろく者の口癖を、女は平気で口にして、また泣いた。