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セルフヌード
第8章 *最終章*セルフヌード
…──全力は尽くしましたが。…………
聞き馴染みのない言語だった。だが、それを発した白衣の男の面持ちは、通訳の人間が居合わせていなくても語意を正確に伝えていたろう。
厳粛なホールで起きた突然の出来事。
警備員らに追われながら、女は凶器を振り回し、騒乱の波をかき分けた。
人間には危機回避能力が備わるという。ただし、程度によっては思考回路が停止するという欠点も。
女の刃先がなつみを狙った瞬間、足が竦んだ。諦念がそうさせたのかも知れない。
本当にこんなことになるのであれば、もう一度──…あの声だけでも聞いておけば良かった。
後悔が胸を掠めた。ほぼ同時に別の女が飛び出してきた。
周囲のざわめきが悲鳴に変わった。
乱入者は警備員らにとり押さえられ、なつみの足許に、真っ赤な脇腹を庇ってうずくまる総子の姿があった。
救急車にいる間、やりきれない疑問がなつみを責めた。滑稽でさえあった。
今朝まで溌剌としていた女が倒れ、その女にしつこく具合を気遣われていた自分が彼女のために震えている。…………
総子の死を知らされて、堰が切れたように泣いた。
十五年分の涙を貯めこんでいたらしかった。名前も知らない記者の女の胸を借りた。他意ない手がなつみをさすった。
翌朝、なつみは医者に呼ばれた。
通されたのは霊安室ではない。病室だ。
おはよう。
昨日心拍停止したはずの女が、けろりとした顔をなつみに向けた。