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セルフヌード
第3章 愛玩


 聞きたくない。触れられたくない。見たくもない。


 美しい声は美優を惑わす。優しい言葉は泡のような期待で美優の胸をいっぱいにする。
 なつみの指は、間違いを犯す男に備わる毒にも優って悪辣だ。美優を官能にとりこめて、昇天させて、泥梨に落とす。

 美しい姿を見たくない。美しい姿を見ていると、欲しくなる。

 余すとこなく、決して手に入らない存在が、狂おしいほど欲しくなる。…………



「待って美優っ……雨まだきついから、帰るならタクシー──」

「私一人風邪ひいたって、他の女を誘えば良いじゃない」

「え、……」

「見えすいたうわべなんかで、心配した振りしないで。私なんかなつみの数にも入らない。しらじらしいわ。……見たの。貴女の朝ご飯を食べてご機嫌に帰っていった女の子、……偶然ぶつかった私を近所のおばさんみたいに言って、謝ってきた。良くんの会社近くで彼を待ってた、昨日だって。……」

「昨日って、いつの、……」

「そんなに分かんないほど女を取っ替え引っ替えしてるの?!もうメールして来ないで!バラすならバラして……私一人くらい解放して!……良くんにバレるくらいなら、私、ブログやめる。あんな写真、一枚くらい流れたって……他人に無理矢理撮られたんだって言えば世間は私を同情するもん!……」


 なつみの腕を振りきって、飛び出した。


 雨に打たれる染井吉野を憐れんでいる余裕はない。美優はもっとぼろぼろだ。


 靴も履かないで、真新しい洋服から染み通ってくる悪寒にもとり合わないで、美優は悲鳴を上げる足に鞭打つ。


 アパートとは逆方向の死角にまで走って走って、走って──…。


 足先の爪に刺さった小石に呻きながら角を覗くと、人影一つ見当たらなかった。

 追いかけてきてでも欲しかったのか。


 雨が、コンクリートの切り傷を追いつめる。



 …──貴女を守る。

 眩しかった。完膚なきまでに迷いなく、なつみにあんな風に言えた女。

 昨日の女に比べれば、美優はなつみの何も知らない。
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