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セルフヌード
第4章 光と闇






 母親は、娘にこの世のあらゆる理(ことわり)を説いた。

 娘は教養と信仰を身につけた。前者は普遍的な理知であり、後者は母親の話す道徳だった。


(幸せは、恋人と同じ。信じて必要としてあげていれば、私達を愛してくれる。離れていったりしないわ)


 美しい母親は美しい娘を美しい檻にとりこめていた。

 きらびやかな幸福を愛でた母娘は、実際、こよなく恵まれていた。


(生きてゆくためには愛が不可欠。憎しみが憎しみを招くなら、憎むということをしなければ良い。女は愛(フィリア)にときめいていれば、どんな宝石で身を飾ったお姫様より潤うの)



 偏執的に、罪を洗い落とさんと足掻いてでもいるように、母親は娘を愛していた。

 漠然とした、されど熱心な愛情が、肥えた土に育まれた花同様の娘に生母の美を引き継がせた。



(…──覚えておいて。ずっと私は心から貴女の味方。ずっと。例えば世界中が貴女を見限っても。
理由なんてない。世界の掟が変わっても、私が貴女を大切な気持ちは当たり前にここにあるだけ)



 ある時、母親は娘に一つの小箱を握らせた。


『もしも、……』



『もしも、私の身に万が一のことがあったら』

 母親は娘に続けた。

『貴女が辛くて苦しくてどうしようもなくなることがあったら、……もしも、それが私の所為だと感じることがあったなら、この箱を開きなさい』



 そんなことはありえない。

 娘は小箱を突き返した。


 母親は、娘を窘め、尚も続けた。


『お母さんは貴女の味方。側にいてあげられなくなっても、命をかけて……守りたい貴女を守る義務がある。約束。約束して頂戴』


 母親のように白い小箱が、母親の手許に戻ることはなかった。



 小箱の白は、娘が母親を慕っていたように無雑な白でもあった。





 無雑な白は、愛してやまなかった最初の女の道徳に、屈託なく縋っていた。…………
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