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催眠玩具
第3章 羽化する淫夢
そう。
僕は憶えている。
あの夜、乗客もまばらな終電の中、疲れ果てて眠りこんでいた亜理紗の横顔。
睡眠中というのは、普通の人が考えているより無防備な状態だ。
そして無防備なのは身体よりもむしろ心のほうだ。
揺れる電車の中で恋人の肩に頭を預けて眠る女。
見る者がいれば、亜理紗の姿はそんな風に映っただろう。
僕は恋人のように優しく彼女の耳元に低い声で愛を呟き続ける。
うとうととした浅い眠り。夢の中に忍び込む僕の囁き声。
どんな指示でも受け入れ、肉体を支配する暗示が彼女の知らぬ間に心に紛れ込んでゆく。
夜の電車然り、昼休みの学校の教室然り、公共の場でついうかうかと眠る者たちは愚かだ。催眠の方法を知る者にとって、これ程たやすい餌食はない。
僕の声に導かれて彼女が目を覚ます。
ぼんやりとした顔つきがしっかりとし始め、数度の瞬きの後、すぐ隣で見つめている僕に気づく。
「……何してるのっ!」
そう叫んで、太腿の上に這わせていた僕の手を払い、すぐに今度は僕の肘のあたりを掴む。
「次の駅で降りてもらうわよ……痴漢ね。許さない」
社会正義という奴か。
自分の体を触られていた事よりも、悪に対する怒り、そしてそれを見逃すわけにはいかないという責任感を感じさせる口調だった。
まったく僕好みだ。
「……はい」
僕は表面上だけしおらしく答え、次の停車駅で彼女に引かれるまま駅に降ろされた。
慌てる理由など何もない。
この行動も、すでに僕の催眠暗示によるものだったのだから……。