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催眠玩具
第8章 ほんとうのこと
いけない! と、亜理紗はぶるっと首を振って妄想を打ち消した。
どうかしている。
その間に、机の上から降りた早奈恵は、リサイクル用の不用品の所定の置き場へと向かっていた。
そこへ、明るい声が飛び込んで来る。
「おっはよーう!」
小学生が道で友達に声をかけるような無邪気な挨拶。
それだけで経理の烏丸サチ(からすまさち)だとわかった。
果たしてカウンタースペースの間仕切りから出社スタイルのサチが顔を出した。そして、亜理紗を見て少しだけ目を丸くする。
「あれっ? 社長! 早いですね……って、昨日はどうされたんですか?」
サチはアート・トリルの社員の中で一人だけ、亜理紗の事を社長と呼ぶ。
「社長」って呼ぶと、会社員してるぞって気になるじゃないですか!
とはサチの弁で、できるだけアットホームな雰囲気づくりをしたいという亜理紗の希望は、そんな彼女の一風変わった個性の前に通用しないまま現在に至っている。
それでも、サチがこうして早目に出社しているのは、彼女が愛を込めて世話しているオフィスの観葉植物に水をやるためだと知っている亜理紗は、色々な個性を受け入れるのも経営者の務めなのだと、敢えて自分の意見を押しつけることはなかった。
理想の職場環境はそこで働く人の数だけある――そういうことだ。