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陽炎 ー第二夜ー
第1章 女郎蜘蛛
「すまぬ、誰か居られぬか?」
所は小石川
古い看板には高石養生所、とあるようだが、看板の文字は消えかけており、養生所より上は確とは判じかねた。
小石川で養生所と言えば、吉宗公の御代に開かれた小石川養生所が有名であるが、そのような公の施設ではない。町医者の類であろうと思われた。
「はい」
呼びかけからややあって、一人の妙齢の女性が奥から姿を見せる。
女は儂の顔を見ると、驚いたように目を見開いた。何かあったか?と思いつつ、要件を告げる。
「すまぬが、水を一杯、頂けぬか?」
「…旅の方ですか?」
目を見開いたまま、掠れるような声で呟いた。
「いやまぁ、旅と言うほどでもないのだが、このあたりに不案内での。喉が渇いたのだが茶店の一軒も見当たらぬゆえ。」
「…そう、でしたか。仰る通り、この辺りにはご案内できる茶店などございませんの。何もございませんが、宜しければお上がりになって?」
耳の上辺りに軽く触れながら、腰を落として出迎えてくれる。
儂は杖に頼って、ゆっくりと敷居を跨いだ。
その様子を見た女は、
「足が、お悪いの…?」
「なに、昔の傷での。みっともない事になってしもうただけじゃ。」
「もし、宜しければ…灸など、ございましてよ?元は養生所ですから。まだそんなものも置いてありますの。」
「元は、ということは廃業されたのか?」
「えぇ。主人が、亡くなりましたもので…それまでは私も小間使いとして、手伝っていたのですけれど。ですから、灸を据えるツボは心得ておりますわ。どうぞ。疲れがとれましてよ?」
女が洗足桶と手拭いを持って来る。そこまでされて上がらぬわけにも行かず、儂は玄関のたたきに腰掛け、足を洗った。
所は小石川
古い看板には高石養生所、とあるようだが、看板の文字は消えかけており、養生所より上は確とは判じかねた。
小石川で養生所と言えば、吉宗公の御代に開かれた小石川養生所が有名であるが、そのような公の施設ではない。町医者の類であろうと思われた。
「はい」
呼びかけからややあって、一人の妙齢の女性が奥から姿を見せる。
女は儂の顔を見ると、驚いたように目を見開いた。何かあったか?と思いつつ、要件を告げる。
「すまぬが、水を一杯、頂けぬか?」
「…旅の方ですか?」
目を見開いたまま、掠れるような声で呟いた。
「いやまぁ、旅と言うほどでもないのだが、このあたりに不案内での。喉が渇いたのだが茶店の一軒も見当たらぬゆえ。」
「…そう、でしたか。仰る通り、この辺りにはご案内できる茶店などございませんの。何もございませんが、宜しければお上がりになって?」
耳の上辺りに軽く触れながら、腰を落として出迎えてくれる。
儂は杖に頼って、ゆっくりと敷居を跨いだ。
その様子を見た女は、
「足が、お悪いの…?」
「なに、昔の傷での。みっともない事になってしもうただけじゃ。」
「もし、宜しければ…灸など、ございましてよ?元は養生所ですから。まだそんなものも置いてありますの。」
「元は、ということは廃業されたのか?」
「えぇ。主人が、亡くなりましたもので…それまでは私も小間使いとして、手伝っていたのですけれど。ですから、灸を据えるツボは心得ておりますわ。どうぞ。疲れがとれましてよ?」
女が洗足桶と手拭いを持って来る。そこまでされて上がらぬわけにも行かず、儂は玄関のたたきに腰掛け、足を洗った。