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陽炎 ー第二夜ー
第1章 女郎蜘蛛
玄関先で水を一杯馳走になるだけのつもりが、気付けば相手の調子に乗せられ、座敷に上がり込んでいる。
奇妙な女だ、と思いつつ、出された水は、水瓶からではなく、井戸から汲んだものか、冷えていてとても美味かった。

勧められるまま、うつ伏せになると、女は足に幾つかモグサを乗せ、線香で火を点ける。

暫くすると、足がじわじわと温まってくる。灸は足にしかしていないのに、何やら全身がぽかぽかと温まり、さりとて汗をかくほどでもなく、実に心地いい。
寝転んだまま、名を聞かれる。

「申し遅れました。私、ウメと申しますの。お名を伺っても宜しくて?」

「こちらこそ、申し遅れました。兵衛と申す。」

「そう。兵衛殿…不思議なこともあるものですわね。兵衛殿は、私の亡くなった主人に生き写しですわ。」

自分の見も知らぬ、それも死んだ人間に似ていると言われても、嬉しくもなんともないが。

「ご主人は亡くなられて、まだ日が浅いのか?」

「半年ほどになります。ただ、病みついた訳でもなく、出先で突然でしたもので、心の整理が付かず…」

「それは気の毒な…事故か、或いは卒中か何かか?」

「薬を仕入れに参ると、すぐ戻ると言って出掛けた先で、辻で暴れた馬に蹴られてそのまま…可笑しいでしょう?もう、四十九日もとうに過ぎましたのに、未だにふらりと帰って来るような気が致しますの…ですから、先程兵衛殿がいらした時、主人が帰って来たのかと思って、驚きました…」

そう言って小首を傾げ、伏し目がちに微笑む様は、儚げで、美しかった。
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