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陽炎 ー第二夜ー
第1章 女郎蜘蛛
兵衛が目覚めたのは夜中だった。


足の悪い兵衛を気遣ってか、部屋が暗闇にならぬよう、衝立の裏に行灯を置いてある。

手の届く位置に杖があり、枕元には水差しと湯呑みが盆に置かれ、更には『厠は部屋を出て右手つきあたりにございます』
と流れるような美しい文字でしたためられた懐紙まで置いてあった。

「…気の利くことだ…」

兵衛はぽりぽりと頭を掻いた。

杖を頼りに立ち上がり、部屋を出ると、紙にあったとおりの場所に厠があった。

用を足し、部屋に戻ると水差しから水を汲んで飲んだ。
さすがに水はぬるくなっていたが、それでも酒を飲んだ後の身体に染み渡る。

布団に転がり、ぼんやりと考える。

ウメの目的は一体何なのだろう。

気というものは利かぬと腹立たしいが、利き過ぎるのも鼻につく。

これが金目当てだというなら分かりやすいのだが、兵衛はどう見ても金など持っていなさそうな風体だ。

盗賊時代の稼ぎはほとんど飲み潰した。

虎の子の五両は一枚ずつ取り出せるよう、帯だの着物の衿だのに縫い込んで隠し持ってはいるが、それも布を裂かねばわからない。

ウメの知るところではないだろう。

魂胆が知れぬから薄気味悪いのだ。
死んだ亭主に生き写しだなどという話も俄かには信じられぬ。

早々に離れよと、理性が警鐘を鳴らすのに、いつの間にやら足元を絡め捕られたように、あちらの調子に乗せられている。

まるで、蟻地獄か蜘蛛の巣にでもかかったように、逃げようともがけばもがくほど、深みにはまる気すらする。
それが恐ろしかった。

…いや、案外そういうことなのかもしれぬ。もがくから手玉に取られるのだとしたら。

ここは、腰を据えて全てを受け入れれば、或いは、機が訪れるのか…

と、そこまで考えた時。

廊下に面した障子の向こうに人の影が映った。
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