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陽炎 ー第二夜ー
第4章 日常ーサチと八尋のその後ー
集落から少し離れた所にある、一軒の家。
豪勢な造りではないが、あばら屋でもない。
裏には風呂と厠の別棟もある、それなりの家だった。

一人の女が家に上がる。
誰もいない家の中で、結い上げた髪を解き、うなじの上のあたりをもみほぐしながら、もう一方の手で毛先を引っ張る。
ずるり、と毛束が抜けた。
手櫛で髪を整え、ぐいっと紅を拭き取ると、着ていた着物を躊躇なく脱ぎ捨てる。

腰巻きまで一気に外すと、その中にはしっかりと下帯が締めらている。
胸にも女性らしい膨らみはなかった。

普段着に着替え、着物を衣紋掛けに掛けた所で、家の戸が開いた。

「八尋、帰ってたの?」

「うん、今ね。サチ、今日は鰻買ってきたよ。今日は土用だからね。」

「本当?嬉しい。」

「市八(いちや)は?」

「寝てるから、今の内にと思って、洗濯してきたの。」

サチは家の奥の扉に目をやる。

「八尋、また女の格好で町に行ったの?それ辞めたんじゃなかった?」

「今日だけ。もうしないよ。今日はいいもの買ってきたからね。」

嬉しそうに笑う八尋に、サチもつられて笑う。

子が生まれて、一年が過ぎていた。

市八と名付けた、父親に似て、しっかりとした目の男の子。

最近は、起きれば這い回り、ちっともじっとしている時間がない。男の子特有の好奇心か、土間に転げ落ちたり、囲炉裏に手を突っ込みかけたり、ヒヤヒヤすることも多い。
歩き出し、走り回るようになればこの比ではないだろうと今から思い遣られる騒がしさだった。

ただ、動き疲れてコトリと落ちるように眠ると、なかなか起きない。その間に家事が出来ることだけが救いだった。

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