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戦国ラブドール
第3章 佐吉という男
 
 大海は衝動のまま、どことも知れず駆け出す。ただ何も聞こえず、何も見えない場所へと逃げ込みたかったのだ。

 そして動揺していた大海は、気付いていなかった。大海から見れば部屋の中は暗闇だが、部屋の中から見れば襖の外は月明かりが差し込むものだと。小夜を貫く男が、獣の目を外に向けていたと。

 滅茶苦茶に走り、辿り着いたのは深い水堀の前だった。とても人が侵入できる深さではないためか、そこは見張りもなく明かりもない。少し遠くには櫓があり敵があれば見つける事は出来るだろうが、女一人がふらふらと静かに歩く姿までは見えないだろう。

 堀は敵を防ぐだけではなく、水運の血脈でもある。さらさらと耳へそよぐ流れと同時に、大海は涙をこぼした。

 堀が、大海に呼び掛ける。真っ暗な口を開き、三日月のように笑う。身を刺す冷たい風は、背中を押す。大海の足は、おぼつかないまま空を踏んだ。

「母上っ!!」

 暗闇に身を預けた大海の耳へ入ったのは、緊迫した叫び声。母上とは誰だろう、と思考が働いた瞬間、堀は舌を伸ばし波音を立てて、大海を一口で食らった。
 
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