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禁断の果実に口づけを
第35章 禁断の果実


 「言葉のニュアンスが穏やかで素敵だと思います」

 「もう、関東に嫁に来て二十年経ちますが、まだまだですね。
なるべく標準語で話そうとしますが、不意に出てしまいます」

 「仕方ないですよ。
生まれた場所の言葉ですもの」

 「おおきに。
でも、お客様と私だけの秘密にして下さいね。
生きてく土地の言葉も大事にせんとね」

 そう言って笑う女将が可愛らしい女性に見え、好感が持てた。

「大丈夫です。
私、口堅いので」

 姿見の前で二人の女が笑う。

 「はい。
蛍、綺麗ですよ。
是非、見に行って下さいね。
着崩れしない様に着つけておきましたから」

 「はい。有難うございます」


 女将とのやり取りが洋子の心を温かくする。
 

✾✾✾


 綺麗に着つけて貰った浴衣を着て、伸介の待つ部屋に帰る。
部屋を開けると、大の字になって寝転び寝息を立てる伸介が居た。
そっと近づき、その横に座って寝顔を見ていた。
髪を撫でた。
ピクッと動いてもそのまま眠ってしまった。
忙しくて相当疲れているのに、この時間を作ってくれた伸介。
四月に親が経営する片岡モータースに戻って、後継者として一からの修行が始まったんだもんね。

 『人生は無駄な事ねーよな!
自動車の修理も奥深かったぞ。
そっちの方が向いてんのかもな?
後継者なんて柄じゃねーけど、俺が生まれた時から決まってんだから仕方ないよなー』

 そう言って笑ったわね。
少し淋しげな顔してさ……

 私はあなたの背負う大きなものを軽くはしてあげられない。
でも、その代わり、邪魔もしないから……
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