この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実に口づけを
第37章 生きていかなきゃ
青田の事務所はいつもコーヒーの良い香りが漂っていた。
仕事に行き詰まるとコーヒーと煙草を欲してしまうそうだ。
洋子も青田の所を訪れる時は、煎餅やクッキーなどの手土産を持ち、『今日こそは契約させたい』と意気込んではいたが、そればかりではない事に気づく。
青田と話していると、どこかホッとした。
青田自身も、独立して三年後に奥さんを乳癌で亡くし、大分苦労してきたらしい。
当時、一人娘がまだ高校生の頃だった。
家事など何一つ出来なかった青田は、てんてこまいの毎日を送っていた。
『それでも、あの頃が一番忙しくて、一番充実していたのかもな……』
と笑った。
青田が最初に覚えた料理が卵焼きだった。
パソコンで料理サイトを開き、毎日違う味の卵焼きをお弁当に作り、娘に持たせた。
娘受けが一番良かったのが、味付け昆布を巻いた卵焼きだったとか自慢気に言うところは可愛いらしい。
その娘も大学を卒業し、国際線のCA(客室乗務員)になった。
『僕がたった一つ自慢出来る事があるとしたら、娘が母親を亡くしても、グレずに父親を見捨てる事なく、ちゃんと育ってくれた事かな』
と、照れながら言うところも嫌味がない。
娘が自立して、青田も仕事以外やる事がなくなってしまい、息抜きで駅前のパチンコ屋で何気なく打っていたら、ビギナーズラックで、三万円勝ってからやみつきになり、パチンコデビューしたらしい。
マイルールで五千円負けたら欲を出さず、きっちり辞めるようにして、今の所はトントンだと言い張るところは、負けず嫌いのお茶目な一面でもあった。
コーヒーは特別に拘ってはいるわけでもなく、気に入ったパッケージを見つけると、取り敢えず買ってしまうなんていうとこは、青田ののほほんとした部分も見受けられた。