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恋するアイドル❤︎〜内緒の発情期〜
第9章 それは禁断の果実

「さあ着いたぞ」
八反田さんは私の頬に涙が伝うのを気づかないふりして、ドアのロックを解除した。
腕時計を確認し明後日の方角を向いたまま、また肩凝りを鳴らす。
これから社長に事の顚末を伝えるために事務所に向かうのだという彼。
その後はきっとdolceに向かうはず。
いま口にした、愛しい家族とは、いつ過ごすのだろう。
これじゃあ、毎日顔を合わすことすら出来ていないんじゃなかろうか。
「じゃあな……」
去り際の台詞を彼は寄越した。
「はい……」
静かに返事をし、それに従う。
心中は寂しさや悲しみで埋まっていたけれど、お仕事で忙しい彼の邪魔をしてはいけない。
けれど、本当はもっと側にいたかった。
例えふられても、これから先も少し笑顔を見られればそれでいい。
どうしたらそれが可能なのか。
子供の私にはわからない。
八反田さんはこちらを見なかった。
助手席を降りてドアを閉める。
するとガラスがするすると降りて彼が最後に笑いかけてくれた。
「ゆっくり休みなさい。そのうち肌荒れ起こすぞ」
「はい……実は朝起きてから口内炎が痛くて……」
「体弱いんだから無理はするな。じゃあな」
車を出す直前、彼はこちらを振り返って手を振った。
大きな手。
綺麗な指先はどこか見覚えがある気がした。
「あの……」
思わず呼び掛けた。
八反田さんは、何だと私の顔を眺める。
「八反田さんて、双子の兄弟とかいます?」
「さっきからなんだよ。突然だな」
彼は左腕の時計を見下ろした。
「そんなのいる訳ないだろ。俺は一人っ子だよ」
「そうですか……」
「じゃあな。もう行くから」
テールランプが一度だけ点灯した。
恋人同士だったら五回くらい光ったりしちゃう?
なんていうのは私には古くさいかな……。
でも、ちょっといいなと世間を羨んだりしながら、八反田さんの品川ナンバーを見送った。
角を曲がって見えなくなった時、ぼんやりと目が潤んだ。
ステンレス製の小さな門を押し開きこぢんまりとしたエントランスまで向かう。
鞄から鍵を取り出した。
施錠を開きドアノブを捻って、自然石調のアイボリー色で完成された玄関でパンプスを脱ぎ散らかした。
ついでにチェーンを掛けるのも忘れない。
改めるといつもと変わらない殺風景が広がった。

