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初花凛々
第3章 朧月の夜
部屋に須田を招き入れ、一つしかないクッションを手渡した。


「テレビでも見ててください…急いで作りますので」


_____あぁ、私のお気に入りの猫型クッションが悪魔の手に…!


凛は母親が昔買ってくれた猫の形をしたクッションを、家を出るときに一緒に持ってきた。


父親は苦手だが、凛は優しくて美人な母親のことは大好きだった。父とは音信不通だが、母親とは定期的に近況をメールや電話で報告していた。


_____須田を部屋に入れたことは黙っていよう…。


自分の度重なる失態により、こんな展開になってしまったことに、凛は小さくため息をついた。


凛は一人暮らしのため、傷んでもいけないので食材の買い置きは最小限に留めている。


冷蔵庫を開けると、かろうじて卵があった。あとは煮物に使った大根の残りが少し。


冷凍してあるなめこも発見し、賞味期限切れ間近のお豆腐もある。


あとは…


ブツブツ言いながらメニューを考えていたら、「女の部屋っぽくねーな」と、いつの間にか台所に須田がやって来た。


「そ、そうですか!?」


相手は想いを寄せる西嶋ではなく、苦手な須田なのに。凛は動悸が激しくなるのを感じていた。


「だけど…、なんか、いい匂いがする。苺みたいな、はちみつみたいな。」


須田は、いつも睨むように凛を見る。なのに、今日は。


まるで愛しい人を見つめるかの様に、優しい瞳で_____


_____な、なにこれ!なんなのこの状況!?


須田は、豆腐を片手に固まっている凛の頬に、そっと指を滑らせた。その指は、凛の魅力のひとつでもある唇へ流れる。


今までにない至近距離。凛は男の人と、こんなに顔を近づけたことなんかない。


凛は、好きでもなんでもない須田を相手に、顔がかあっと熱くなってしまった。


それに……風呂上がりのせいだろうか。須田から香る男のフェロモンを感じさせる匂いに、凛の胸は不覚にも高鳴った。


依然として固まったままの凛の唇に、須田の唇がゆっくりと近づいて_____


「やっ、だめっ!キスなんか無理っ!した事ないもん!」


凛は慌てた。近づいてくる須田の唇を阻止しなければと、そればかりに気を取られて。


余計なことまで暴露してしまった。



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