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初花凛々
第26章 郷愁の想い
「おっそ!マジこねーかと思った」

「ごめんっ……」


出発当日、凛は麻耶と新幹線乗り場で待ち合わせをしていた。


ところが緊張のせいか昨夜はほとんど眠れずに、朝方になってようやく眠りについた凛は見事に寝坊をした。


息を切らしてやってきた凛を見て、麻耶はホッと胸を撫で下ろした。


「お詫びに豪華駅弁を奢らせていただきます」

「頼むわ」


そう言いながらも、結局お会計になると麻耶が支払う。


こりゃモテるわと、そんな麻耶の横顔を見ながら凛は思った。


「麻耶は今日どこに泊まるの?」

「駅前のビジネスホテル」

「あぁ、天然温泉ついてるところね」

「今のビジホってすげーよなぁ」


凛は今日、実家に泊まる予定。


土産であるワインを、チビチビと父と飲むのはどうかなと凛は思っていた。
今まで一緒にお酒を飲んだことがないし、酒を酌み交わすことで父への恐怖感が少しでも和らぐのではないか、と。







「凛の手、冷たい」


宮城が近づいてくると、凛は段々と緊張が強くなってきた。


先ほどまでは前向きだったのに、いざ目的地が近づくと、不安の方が大きくなる。


「……俺もさ、父親が苦手だったんだよね」

「え?」


凛の手を握った麻耶が突然、そんな事を語りだす。


「俺には二つ上の姉と、二つ下の妹がいるんだけど」

「麻耶挟まれてるんだね」

「それで、女にはあーしろこーしろっていつも父親がうるさくてさ。あいつらには甘いのに俺だけには厳しくて、ムカついてた」


麻耶の物腰がどこか柔らかなのは、女姉妹に挟まれているからなのかと凛は思った。


「で、俺も高校卒業と同時に家を出たわけ。父親にはなんの挨拶もなくね」


凛は聞き逃さないよう、麻耶の話に必死に耳を傾けた。


「今の凛みたいに、帰郷するなんてこともなくて」


麻耶は新幹線の窓から流れる景色を見ながら、何かを飲み込むように話した。


「久しぶりに実家に帰ったのは、父親の葬式の時だった」

「えっ……」

「まさかって思ったよ。母親から連絡がきて、嘘だろって思いながら新幹線に飛び乗ってさ。でも、本当だった。父親とは一言も話せないまま……」


凛は重ねられていた麻耶の手を、ギュッと力を込め握った。


いつのまにか凛の手は温められ、逆に麻耶の手が冷えていたから。
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