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初花凛々
第26章 郷愁の想い
凛は家の前まで来た。


春になると花を綻ばせるライラックの木が、枝を伸ばして立っている。

葉も花もつけずに、ただ。


それを横目で見ながら、凛はインターホンを鳴らした。


ところが、鳴らしても反応がない。


二回、三回と鳴らしても。


_____留守?


時刻は10時を回ったばかり。いつもなら母親が家のそうじや庭の手入れをしている時間なのに、と凛は不思議に思った。


「おぉ、おまえか」

「お兄ちゃん」


中からやっと出て来たのは、兄の大地だった。


「仕事は?」

「これから。さっき帰ってきたばっかなんだけどね」


兄の大地はSEとして働いている。大晦日も会社で過ごす予定だとぼやきながら大地は凛を家へと入れた。


大地は時々、上京したきり家に帰らない凛を心配しわざわざ都内まで顔を出したりもしていた。


困ったらいつでも連絡しろ、と、必ず言う。


身体は壊していないかと、頻繁にメールや電話も入る。


そんな優しい兄にも、凛は父親へ対する気持ちを打ち明けた事がない。もちろん、母親にも。


そんな悩みも全て麻耶には打ち明ける事が出来たのはなぜなんだろうと、凛は頭を傾げた。


「お父さんとお母さんは留守?」

「買い物」


家の中はシンとしていた。


懐かしい実家の匂い。普通は落ち着くはずのその匂いも、凛にとっては緊張を高める要因のひとつだった。




_____なんであと20点取れなかった?


_____誰だあの男は


_____携帯電話なんか必要ないだろう




凛は学生時代、バイトすらした事がなかった。


夜遅くなる事を父親は嫌った。門限を破ろうものなら、いかなる理由であっても凛を激しく叱咤する。


この家の香りを嗅いでいると、父親とのそんなやり取りが思い出される。


「お兄ちゃん、結婚は?」

「予定なし」

「寂しー」

「おまえこそどうなんだよ」


大地に聞かれ、凛の頭にポッと浮かんだのは麻耶。


_____なんで麻耶なの。ないない。


凛は頭を振り、否定した。
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