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初花凛々
第26章 郷愁の想い
心まで閉ざしているのかと思えるほどに、隙間もないその重厚な扉の向こうから、父親の気配を感じる。


ふぅっと小さく深呼吸して、凛は書斎の扉をノックした。


「……お父さん、入ってもいい?」


扉を隔てて、凛は問いかけた。


「おう」


父親の返事を聞き、凛は重い扉をギイっと音を立て開けた。


「……お土産があるの」

「そうか」

「えっと……ワインと、あとパワーストーンなんだけどね。お父さんにブレスレットってなんか、イメージじゃなかったんだけど、でも健康祈願の意味もあって、それにこの石は青色だからいいかなって」


凛は緊張もあって、口がよく回った。


口を閉ざすと訪れるであろう沈黙が嫌で、喋った。


「それで、ウイスキーの方が好きかもって思ったんだけど、でもここのワイナリーのワインはとっても美味しかったから。世界にひとつだけのワインも作れるっていうから……」


そこまで言うと、やはりシンとした空気が流れた。


凛はもう何も言うことがなくなり、そして父親は、凛が差し出したワインとブレスレットを無言で眺めていた。


「……おまえはワインが飲めるのか」


まさかの、父親からの問いかけ。凛は驚いて、慌ててイエスと返事した。


飲める、と言っても赤ワインは苦手だけれど。麻耶が言う通り白のスパークリングワインなら臆せず飲める。


「……そうか」


父親はワインを手にしたまま、窓の外を眺めた。


書斎にある本棚に所狭しと並べられた古書の匂いが凛の鼻について回った。


再び訪れた無言。凛は居た堪れなくなり、何か話題はないかと思って、古書について触れてみることにした。日焼けして、茶色くなってしまった本の数々に紛れ、それらに比べると比較的白い背表紙の本があって。凛はそれに手を伸ばした。


「あ、えっと。お父さんはどんな本を_____ 」

「触るな!」


凛は伸ばしかけた手を引っ込めた。


まただ。家を出て、父親の呪縛から逃れたと思っていたけれど。こんなにも簡単に、幼少期の凛が顔を出す。


「ごめん、なさい……」


凛は書斎をあとにした。


_____もしかしたら、指紋もつけられないほど大切な本だったのかもしれない。


_____そんな大切なものなら、金庫にでも入れておいたらいいのに。


凛の心は揺れた。
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